学者になりたそうなわけではないし、なれそうな素質を見せているわけでもない。
そんな普通の何万人もの小学生が中学受験のカリキュラムに取り組んでいます。
専門家を目指しているわけでもない小学生になぜ信じられないほど高度で膨大な課題を課す意味は何なのでしょうか。
大切なのは、教科書に書いてあることではありません。
あの膨大で複雑な課題を前にどのように動くかを身につけることです。
社会に出て優秀な人は教科書に書いてあったことをすべて忘れていても優秀で、
使い物にならない人はそれまでの教科書をすべて暗記していても使えない。これが現実。
就職の面接で「こいつはどれだけのことを知っているか?」なんて評価をしている面接官はいませんよね。どんな大学を出ていようと社会人としての戦闘力はほとんど0で、その位置から「どれだけ自分で学んでいける人間か?」ということだけが重要なんです。
受験の直前は、小学生であっても状況を理解し始めて、「どう動くべきか」を自分の頭で考えて、習得できる機会。と、同時に子供たちに勉強させている本来の目的を見失った大人たちがそのような機会をいつも以上に奪いたがる時期でもあります。
かりの